2010年12月31日金曜日

2010最後の日

昨年の自分は、いわゆる産後のホルモンバランスの崩れからか何もできなかった。日記にはときどき書いたけど脳にラップが巻きついている感じで、体力も思考もクリアじゃなかったのだ。

だからこそ今年はラップからの脱却を意識していた。
結果、まだまだ本調子ではないにしろ、読んだ本の冊数が増えたし、公開できる日記の数も増えた。
仕事では資格も取れた。
運動はできなかったけど体力はちょっとずつ戻ってきている。

そうそう、いまだにちゃんとした答えはないのだけれど、自分の考えをネットに書くことについての思いは少し変わった。昨年は自分ごときが書くことの意味が全く見えなかった。そうなるとどんどん書けなくなる。
でも逆に自分ごときが何を隠す必要がある?とも考えられるなぁと。もし書くことによって誰かと衝突するならそれはそれで考えを深めるいい機会じゃない?どうしても合わないならある意味納得してさよならできるだろうし。そう思ったら少しずつ、書ける量がふえてきた。
そしてそれは少しだけちゃんと人と向き合うことにつながっていて。気になる人と前よりはお話しできた。これは本当にうれしいこと。

もちろんできなかったこともたくさんある。でもそれはきちんと来年につなげて行こう。やるべきことは見えてる。
そう思っています。


さてさて。
今年もたくさんのかたにお世話になりました。お目にかかれた人も、そうでない人も、ちょっと言葉を交わした人も、本当にありがとうございました。
みなさま、よいお年を。
そしてよかったら。
来年もよろしくおねがいします。

2010年12月10日金曜日

自分とは違うけれど

先日、PTA関係の講演にいってきた。
先生のお話はものすごくためになって家でも実践したいことがいっぱい。
でも今回書きたいのはそこじゃなくて。

講演の前にPTAの役員の方が先生の紹介をされたんだけど。
き、聞きづらい。。。
声が小さいのではなくキンキンうるさい感じなのだ。
痛い、痛すぎる。
といっても痛いのはその人じゃなく、自分。
昔の自分だ。

社会人になりたての自分は声が大きければ大きいほどいいと思っていた。
確かにそれは混んでる居酒屋で店員さんを呼ぶのには役立つけれど、例えば授業でそれを使ってもなにが話のポイントなのか見えづらい。

彼女の話し方はそんな痛い自分を思い出させてくれた。


ところで、その夜は学校関係のの役員会。
次回役員を決めるわけだがいろんな種類があってメンバーの入れ替わりも多少あるので30分×3回でそれぞれ決めることになる。といっても、前年くじを引かなかった人からになるのでよほどのことがない限り、簡単に決まると思ってた。
だってあんなものは、こっちの進行次第じゃない。
「どうですか?」ってきいたってなかなか返ってくるものじゃなく「これこれこういう理由でこのように考えてるんですがいかがでしょうか?」ときけばいいのだ。
そして基本そうきくと反論はこないw来たとしても建設的な話ができる。
で、最初の30分は自分が司会だったのだけれども、案の定15分で終了。その時にでたほかの案件まで話し合い完了。
ところが次の司会さん、5人の中からたった一人を決めるのに長い!5人のうちのひとりは「やってもいい」といっているにもかかわらず、だ。しかも話を聞いてると勤務先の評判とか、無関係じゃん!
で、最後の30分はまた自分が司会。15分で終了。

ただ、今回のケースも上記と同じで自分のまだ見えてないものがあるのかもしれない。
たとえば私から見ればどうでもいい話でもそういう次の長になる人の話をくみあげることで
より納得して役をはたしてくれるかもしれない。
理屈ではなく感情のフォローの問題。

かといってまた同じ状況になったらやっぱり時間厳守でぱきぱきやっちゃうとは思うけれど。
自分と違うタイプの人を自分の1視点だけで馬鹿にするのはよくないなぁということです。

2010年12月6日月曜日

怒らなくてよかった

むっとすることがあったんだけど
いろいろ検証したら誤解があったことが判明。
いきなり切れなくてよかったw

あれ?と思うことがあってもやはりできるかぎり検証してから
仕返しをしようと思いましたw